【音楽】名曲・名演セレクション その178 Nirvana / Smells Like Teen Spirit (Live)

 今回はアルバム “Nevermind” 発売30周年という事で、Nirvanaです。

 

 Nirvanaの2ndアルバム、“Nevermind” の1曲目。このライブ映像は1991年10月31日、SeattleのThe Paramount Theatreでのもの。10年前に出た “Nevermind” の20周年記念ボックスセット、または “Live at the Paramount” というタイトルで単品でも発売されています。

 恐らくNirvanaというバンドやそのフロントマンKurt Cobainのヒストリーについては腐る程知る機会があると思うので、この記事ではアルバム “Nevermind” がどのようにエポックメイキングだったのかを書いていきたいと思います。

グランジと呼ばれる音楽ムーブメントが世界的に流行する切っ掛けとなった

 グランジ (Grunge) というのはアメリカSeattle発祥の音楽ムーブメントです。大体1985年頃からグランジ的なバンドが活動し始めたと言われています。その音楽性については様々な個性を持ったバンドがおり、単純化するのは誤解を招くとも言われますが、敢えて一言で表すならば、「パンクロックとハードロックの融合」だと思います。恐らくそんなロック詳しくない方からすると、「どっちもやかましいロックでしょ。何が違うの?」という感じだと思いますが、それぞれのジャンルに入れ込んでいる当事者達からすると全くの別物、バックボーンにあるアティチュードが違うんですよね。X JapanYOSHIKIザ・クロマニヨンズ他の甲本ヒロトじゃ全然話し合わなそうでしょ?そんな感じよ。そんな風に同じロックの大枠の中にありつつも水と油的存在だったパンクとハードロックを、子どもの頃にその両者から影響を受けて育ったグランジのアーティスト達は融合させてしまい、新たなジャンルを作ったんですね。でそのグランジがオーバーグラウンドでブレイクする切っ掛けとなったのが、今回御紹介するNirvanaの “Nevermind” と同じく1991年に発売された、同じくSeattle出身のPearl Jamの1stアルバム “Ten” です。Nirvanaはどっちかというとパンク寄り、Pearl Jamはハードロック寄りでしたが、両者はバチバチに意識し合いながらグランジムーブメントを先導していきました。

オルタナティブロックの時代の象徴的存在となった

 現在は音楽ジャンルの相対化が進んでるので、この辺がイマイチピンと来ない若い方もおられるかもしれません。80年代の音楽シーンというとニューウェーブとかネオアコとかもありましたが、大衆的には「MTVの時代」です。そこで放映されていたのはVan Halen、Journeyなどのハードロック (昔の蔑称を使うと産業ロック)、そしてMichael Jacksonなどのブラックミュージックがメインでした。勿論それらを愛した若者達も沢山いただろうと思いますが、そのMTVで流れる音楽に共感できず、疎外感を感じていた若者達が多かったのも事実じゃないかと思います。それらの若者達にとっての自分達の音楽として90年代に一般化したのが、オルタナティブロックです。自分達の音楽なんで、テクニック的にもそんなクソ難しい事はやりません (Kurtも大してギターは上手くないです) し、歌われる歌詞の内容も市井の若者達が共感できる苦悩や嘆きなどです。オルタナティブロックというのはNirvanaが作った訳では無く、パンク以降全米の各地で草の根的に徐々に広がっていたもので、Nirvanaもそのオルタナティブロックの先達者達、R.E.M.Sonic YouthPixiesなどなど様々なバンドからの影響を多分に受けているのですが、そのオルタナティブロックがポピュラー音楽の主流となった象徴が、“Nevermind” が1992年1月にMichael Jacksonの “Dangerous” を引きずり降ろしてビルボード全米1位になった出来事だと思います。Jay-Z曰く「“Nevermind” はHip-Hopのメジャー化を10年遅らせた」という事で、ロックのオルタナティブ化はロックの延命に大きな役割を果たしました。

③ジェネレーションXの代弁者、カルチャーアイコンとなった

 ジェネレーションXとはアメリカ合衆国などにおいて概ね1960年代中盤から1970年代終盤に産まれた世代の事です。ヒッピー運動の衰退とベトナム戦争終結による「しらけムード」の中で10代を過ごし、また親世代の離婚率が上昇し始めた時期に子供世代を過ごしたため、親からの監督が少なくなり始めた世代とも言われてます。こういった世代が抱える苦悩を代弁するかのような歌詞をKurtが歌ったという事で、Kurtが (Pearl JamEddie Vedderと共に) 世代の代弁者的な立場に祭り上げられていく訳ですね。また、Kurtは当時としては結構リベラルな思想の持ち主でした。例えば同性愛に対して寛容だったりですね。そういうところも新世代からの支持を集めたのかもしれません。カルチャーアイコンってのは、ファッション好きの方はよく分かると思います。Marc Jacobsがスマイルマークを使って、使い始めた元祖だと自任していたNirvanaとモメたなんてのは、典型的な出来事ですよね。ただKurtが金がなくて着てただけの古着のネルシャツが、後の高級ブランドによってリメイクされるってのは皮肉なものがありますが。まぁ私もNumber Nineの赤黒ボーダーセーター持ってるんであまり大きな事は言えません。

 

 Kurtも成功を望んではいたようですが、ただ思っていたのをはるかに上回るような特段の成功を収めてしまい、そのために精神の均衡を失い悲劇的な結末に至る、というのは御存知の方も多いと思います。何と言うか…生きるのは難しいですね。