そのままだとトップページが重くなるので一旦畳みます。1988年のダービー、NZT、宝塚の記事です。
東京優駿|1988年05月29日 | 競馬データベース - netkeiba.com
以前少し仄めかしましたが、サクラチヨノオーは父マルゼンスキーが出走できなかったダービーの制覇を代わって成し遂げた形になります。サクラ軍団としては1978年のサクラショウリに続いてダービー2勝目。凄いなサクラ軍団。ウマ娘で競馬を知った方は余りそんな認識ないかもしれませんが、実はサクラ軍団もメジロと同じくらいの名門なんですよね。もっとサクラの馬がウマ娘になって欲しいな。一方メジロの方のメジロアルダンが2着。メジロはダービー2着は結構な回数(多分4回)達成しているんですが、肝心のダービー制覇は遂に成し得ませんでした。このメジロアルダンとか相当惜しいですけどね。まぁウマ娘でも述べられている通り、メジロは天皇賞(春)の勝利こそ至高というスタンスだったので、ダービーはひょっとしたら割とどうでも良かった、のかもしれない。
NZT4歳S|1988年06月05日 | 競馬データベース - netkeiba.com
大楽勝ですね。ダービーに出るような馬ならともかく、そっちの路線を選ばなかった馬なんでお話にならないという感じでしょうか。ちなみにNZTはこの年ダービーの後に開催されていますが、現在では大分早くなってNHKマイルCのステップレースになっています。エルコンもNZT→NHKマイルCというローテを選んでますね。それにしても会長も紛らわしい妄想をしますよね。幻視が具体的すぎるんですよ。困ったお人です。
宝塚記念|1988年06月12日 | 競馬データベース - netkeiba.com
タマモクロスが1番人気じゃなかったってのは後追い勢的にはちょっとビックリですね。まぁニッポーテイオーが2.1倍でタマモクロスが3.0倍なんで、2強という感じだったのかもしれませんが。まぁニッポーテイオーもかなりの実績馬ですからね。中距離GⅠをまだ走った事の無いタマモクロスよりは馬券を買いやすかったのかもしれません。という訳でアキツテイオーのモデル馬はニッポーテイオーですね。ハルウララの父でもあります。早速Twitterで父娘のファンアートが発表されたりしてますので、興味のある方は探してみて下さい。